わたしの父親は、スーパーの中にある小さな花屋を母親と一緒に営んでいた。 スーパーは、お正月以外は休みがなかったので、父親の休みは数か月に一度、しかも仕入れも配達も父親しかできなかったので早朝から夜遅くまで働き詰めだった。 けれども家庭が裕福だった記憶は一度もない。 そんな家で育ったためか、人よりもたくさん働いてがんばることが当たり前だったわたし。 バイトの掛け持ちは当たり前、ちょっとでも時間が空いていれば、バイトを入れる、そんなことばかりしていた。 学校卒業と同時に学費のローンの支払いで終われ、社会人1年 ...